父の天気

朝、通勤電車の中でスマホが震えた。父からのメッセージだった。

「晴れ」

それだけだった。私は少し考えて、窓の外を見た。確かに晴れている。でも私は父に天気を聞いた覚えはない。何かの間違いかと思って、そのままにしておいた。

うちには家族のメッセージグループがある。父、母、私、それに弟の四人。作ったのは何年か前で、普段はほとんど動かない。誰かの誕生日とか、法事の連絡とか、その程度だ。そこに父がいきなり「晴れ」と送ってきた。

翌朝も来た。

「曇り」

その次の日。

「雨」

三日続いて私はようやく父が毎朝実家の天気を送っているのだと分かった。天気予報でもない。写真もない。ただ、その日の実家の空模様を、一言。「晴れ」「曇り」「雨」。それだけを、毎朝。

何のために送っているんだろう。

母に電話したついでに聞いてみた。

「お父さん、毎朝天気送ってくるんだけど、あれ何?」

「知らないわよ。急に始めたの。私も聞いてない」

母も分かっていないらしい。父に直接聞くのも、なんだか野暮な気がして、私はそのままにした。

そのうち、私はなんとなく返すようになった。

父の「晴れ」に、「こっちも晴れ」と送る。深い意味はない。ただ、送られてきたものに何も返さないのも、少し寂しい気がしただけだ。

弟も返すようになった。弟は隣の県に住んでいる。

父「晴れ」
私「こっちも晴れ」
弟「こっちは雨」

同じ朝でも、場所が違えば天気も違う。それが三行、朝のグループに並ぶ。母はというと、天気には直接答えず、

「洗濯物干しました」

とだけ送ってくることが多かった。微妙に関係あるような、ないような返事だ。

誰も、毎朝報告しようね、なんて決めていない。決めていないのに、いつの間にか、朝になると四人分の天気と洗濯物の報告が並ぶようになっていた。

ある朝、父の天気が来なかった。

私は電車の中で、いつもの時間を少し過ぎても通知がないことに気づいた。いつもなら、家を出るころには「晴れ」なり「曇り」なり届いている。それがない。

べつに、心配というほどではない。ただ、来るはずのものが来ないと、少し落ち着かなかった。

十分ほどして、届いた。

父「寝坊」

思わず笑ってしまった。弟もすぐ反応した。

弟「天気は?」
私「天気は?」

少しして、

父「晴れ」

律儀に送ってきた。寝坊しても、天気は報告するらしい。母は「もう十時よ」と、これはこれで的外れな返事をしていた。

それから何日かして、父が一度、変わった報告をした。

父「微妙」

私と弟は、しばらくその二文字を見た。

私「何が?」
父「天気」
弟「晴れか曇りかどっち?」
父「晴れてるけど雲もある」
私「じゃあ晴れでいいじゃん」
父「いや、微妙」

父は父なりに、譲れない基準があるらしかった。それから父の天気には、時々「少し晴れ」とか「降りそう」とか、曖昧なやつが混ざるようになった。晴れと曇りの二択では収まらない日があるのだ。

弟が「お父さんの天気、種類増えてない?」と送ってきて、私も笑った。

そんな朝が、春の間ずっと続いた。私はもう、父の天気報告を当たり前のものとして受け取っていた。朝起きて通知を見て、実家は今日こういう空なんだと思う。それだけのことだけど、なんとなく一日の始まりに組み込まれていた。

ある朝、私はいつもより少し早く目が覚めた。

スマホを見ると、まだ父からのメッセージは来ていなかった。時間が早いから、たぶんまだ父も送っていないのだろう。

私は起き上がって、カーテンを開けた。

よく晴れていた。雲もほとんどない。きれいな青空だった。

私はスマホを取って、家族のグループに送った。

「こっちは晴れ」

自分から天気を送ったのは、初めてかもしれなかった。なんで送ったのか、自分でもよく分からない。ただ、その空を、誰かに言いたかったのかもしれない。

少しして、父から返信が来た。

父「こっちも」

それだけだった。私はスマホを置いて、顔を洗いに行った。

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