資源ごみの朝、束ねた古新聞を抱えて家を出ると、角のところで、あの女性と会った。
段ボールを何枚か抱えている。四十代くらいの人だ。目が合って、いつものように頭を下げる。
「おはようございます」
「おはようございます」
それだけだった。二人で並ぶでもなく、少し前後しながら、集積所のほうへ歩いていく。
この人と、いつから挨拶するようになったのか、須藤はよく覚えていない。この住宅街に住んで長い。資源ごみの日の朝、この時間にこの道を通ると、かなりの確率でこの女性と会う。どこの家の人なのかは正確には知らない。ただ、会えば挨拶をする。それが、いつの間にか続いていた。
春だった。集積所に新聞を置きながら、女性が言った。
「暖かくなりましたね」
「そうですね。だいぶ」
それくらいの、短いやり取り。名前も知らないし、相手が何をしている人かも知らない。それでも、天気の話くらいはする。
夏になった。
朝から日差しが強い日、集積所で会うと、女性が額の汗を拭きながら言った。
「朝から暑いですね」
「まいりますね、これは」
秋には「今日は涼しくて助かりますね」と言い、冬には「寒いですね」と言った。会うたびに、季節が一つずつ進んでいて、そのたびに、天気の話をした。
あるとき、須藤はふと気づいた。
この人とは、もう一年近く、資源ごみの日に会っている。それなのに、交わした言葉は、ほとんど天気のことばかりだ。暖かい、暑い、涼しい、寒い。それ以外の話を、した覚えがない。
名前を聞いてみようかと一度思った。でも、一年近くも名前を知らないまま挨拶してきて、今さら「お名前は」と切り出すのも、なんだか妙な感じがした。相手も、たぶん同じことを思っている。だから、聞かない。
ある朝、女性が、いつもと違う袋を持っていた。燃えるゴミの袋のようだった。
「あれ、今日はそっちでしたっけ」と須藤は聞いた。資源ごみのつもりで来たので、少し不安になった。
女性は自分の袋を見て、それから、あ、という顔をした。
「あ……これ、来週でした。私、間違えた」
「そうですよね。今日は資源ですよね」
「やだ、恥ずかしい」
女性は笑って、袋を持ったまま引き返していった。須藤も、少しおかしかった。
その、ちょうど翌週くらいだった。今度は須藤のほうが、日を間違えた。
いつものように新聞を抱えて集積所まで行くと、何も出ていない。ネットもかけられていない。あれ、と思って、そういえば今日は資源の日じゃなかったか、と気づいた。一週間、勘違いしていた。
間の悪いことに、そこへ、あの女性が段ボールを抱えてやってきた。
集積所を見て、女性も足を止めた。二人で、何もない集積所を、しばらく見た。
「……誰もいないと思ったら」と須藤は言った。
「私だけじゃなかったんですね」
女性は、ほっとしたような、おかしいような顔をした。結局、二人とも、持ってきたものを、また抱えて帰ることになった。並んで少し歩いて、途中の角で「じゃあ」と別れた。名前は、やっぱり聞かなかった。
一年近く会っていると、今日は荷物が多いな、とか、今日はちょっと寒そうだな、とか、その程度のことは、なんとなく分かるようになる。この前、髪を切ったな、と思ったこともあった。
そうして、また春が来た。
資源ごみの朝、新聞を抱えて家を出て、いつもの角を曲がると、向こうから女性が歩いてきた。段ボールを抱えている。
「おはようございます」
「おはようございます」
少し歩いてから、女性が言った。
「暖かくなりましたね」
須藤は、思わず言った。
「それ、去年も言いましたよ」
女性は、少し考えるような顔をして、それから笑った。
「言いましたっけ」
「言いました。ちょうど、去年の今ごろ」
「覚えてないですねえ」
二人は集積所に新聞と段ボールを置いて、それぞれの方向へ帰っていった。

