買い物かごに残っていたメモ通りに買ってしまった

仕事帰りにスーパーで買い物かごを取ると、底に、小さく折られた紙が入っていた。

前に使った客の忘れ物だろう。開いてみると、手書きで、こう書いてあった。

牛乳
卵
ねぎ
豆腐
カレー粉
花

誰か、メモを忘れたんだな、と思った。買い物リストだ。書いた本人は、これがないと、今ごろ困っているかもしれない。

捨てようと思ったが、近くにゴミ箱がない。入口のほうまで戻るのも面倒で、とりあえず、そのままポケットに突っ込んだ。あとで捨てればいい。私は、自分の買い物を始めた。

まず、牛乳売り場へ向かった。ちょうど、家の牛乳が切れていた。一本、かごに入れる。

次に、卵。そういえば、冷蔵庫の卵も、残り一個だった気がする。特売でもないが、まあ、いるものだ。一パック取った。

かごに牛乳と卵を入れたところで、あれ、と思った。ポケットの中の、あのメモ。牛乳、卵。今、私が入れたものと、同じだ。

まあ、牛乳と卵なんて、誰でも買う。偶然だろう。私はそう思って、先へ進んだ。

野菜売り場を通ると、ねぎが目に入った。

ねぎは、別に、買う予定ではなかった。ただ、あっても困らない。薬味にも使えるし、味噌汁にも入れられる。私はなんとなくねぎを一束かごに入れた。入れてから、あ、と思った。メモにも、ねぎ、とあった。

これは、少し面白くなってきた。

豆腐のところでも、同じことが起きた。豆腐は、買う予定はなかった。でも、ねぎを買ったなら、冷奴にでもするか、と思って、手が伸びた。メモの、四つ目。豆腐。

私はなんだか、あのメモに買い物をさせられているような気がしてきた。それにしても、よく重なる。

次は、カレー粉だった。

これは、買わないぞ、と思った。うちには、カレー粉のストックがある。はずだ。たぶん、ある。わざわざ買う必要はない。私は、意地になって、調味料の棚を素通りしようとした。

ところが、通り過ぎながら、今夜カレーでもいいな、という考えが浮かんだ。そういえば、家のカレー粉、あとどれくらい残っていたか。曖昧だ。切らしていたら、面倒だ。私は、結局、カレー粉を一箱、かごに入れた。

完全に、この紙に従っている。自分でも、おかしくなってきた。

メモには、あと一つ、項目が残っていた。

花。

これは、さすがに、違った。私は、家に花を飾る習慣なんてない。一人暮らしの部屋に、花瓶もない。この「花」だけは、私の買い物じゃない。

そこで、初めて、このメモを書いた人のことを、少し考えた。牛乳と卵と、ねぎと豆腐とカレー粉。そして、花。どんな人かは、分からない。ただ、花を買うところだけは、私とは違っていた。

会計の前に、自分のかごを見た。

牛乳、卵、ねぎ、豆腐、カレー粉。メモの、花以外が、全部入っていた。ほかにも、パンとか、ヨーグルトとか、自分で選んだ物もあるが、正直、メモ由来の物のほうが、存在感がある。私は一人で少し笑った。他人の忘れたメモに、ここまで律儀に付き合う人間も、なかなかいない。

家に帰って、買った物を冷蔵庫にしまった。

ポケットから、くしゃくしゃになったメモが出てきた。もう一度、広げてみる。花、の二文字だけ、結局、私は買わなかった。

私は、そのメモを、冷蔵庫の扉に、磁石で貼ってみた。特に、意味はない。捨てるつもりだったのに、なんとなく、まだ捨てる気になれなかった。

その晩、私は、買ってきた材料で、カレーを作った。ねぎは、使わなかったので、冷蔵庫にしまった。

鍋をかき混ぜながら、ふと思った。あのメモの人も、今ごろ、どこかで、何か作っているのかもしれない。どこで何をしているのかは、分かりようもないけれど。

私は、できあがったカレーを、一人分、皿によそった。

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