店に入って席に着くと、店員が翔太の前に、子ども用のメニューを置いた。
三つ折りで立ててある、恐竜の絵が描かれたやつだ。オムライスに旗が立っていたり、ゼリーが付いていたりする、いつものメニュー。翔太はそれをちらっと見て言った。
「俺、もうこれじゃなくていい」
そうなの、と俺は思った。去年までは、普通にお子様ランチのハンバーグを、うれしそうに食べていた気がする。いつの間にか、そういう年になっていたらしい。翔太は、小学四年になる。
翔太は、俺の前にあった普通のメニューを、自分のほうへ引き寄せて開いた。大人が頼むやつだ。写真を、真剣に見ている。
「これにする」
指さしたのは、大盛りのから揚げ定食だった。から揚げが、たしか六個くらい載っていて、ご飯も、大盛りと書いてある。大人でも、しっかり食べる量だ。
「結構、多いぞ、それ」と俺は言った。
「食べられる」
翔太はきっぱり言った。俺は少し迷った。やめとけ、と言うのは簡単だが、本人が、ここまで言っている。子ども扱いされたくない、という顔だ。まあ、一度、任せてみるか、と思った。残したら、俺が食えばいい。俺は、自分の分に、焼き魚定食を頼んだ。
しばらくして、料理が届いた。
翔太の前に大盛りのから揚げ定食が置かれた瞬間、翔太の表情が、ほんの少しだけ動いた。皿が想像よりでかい。から揚げも、一つ一つが大きい。ご飯の山も、なかなかのものだ。
でも、翔太はすぐに、平気な顔を作った。
「普通じゃん」
そう言って、割り箸を割った。最初は、勢いがあった。から揚げを、一つ、二つと、どんどん食べていく。ご飯も、しっかり口に運ぶ。うまいうまい、と言っている。俺も、自分の焼き魚を食べながら、何も言わなかった。
半分を過ぎたあたりから、翔太の箸が少し遅くなった。
から揚げを一つ食べては、水を飲む。また一つ食べて、また水を飲む。水の減りが、明らかに早い。それから、なんとなく、窓の外を見たりする。外には、駐車場が広がっているだけで、特に、見るものはない。
「大丈夫か?」と俺は聞いた。
「休憩してるだけ」
翔太はそう言って、また窓の外を見た。俺は、笑わないように、焼き魚の骨を、丁寧に外した。
正直、だから言っただろ、という言葉が、喉まで出かかった。だが、言わなかった。言ったところで、翔太は、意地でも食べようとするだろうし、それは、なんだか、かわいそうな気もした。俺だって、子どもの頃、親の食べているものを、これが食べたい、と言って、頼んでもらったはいいが、半分も食べられなかったことが、あった気がする。あのときの親も、こんな気持ちだったのかもしれない。
翔太は、残りのから揚げと、格闘していた。
一つ、また一つ、と、時間をかけて、口に運んでいく。もう、うまいうまい、とは言わなくなっている。無言で、ただ、食べている。ご飯は、まだ、けっこう残っていた。
「無理しなくていいぞ」と、俺は、なるべく軽く言った。「残ったら、父さんが食うから」
翔太は少し考えて、それから、「じゃあ、これ」と、から揚げを二つ、俺の皿に移した。ご飯も、少し、こっちに寄せた。全部は、渡さなかった。自分でも、ある程度は、食べたかったらしい。
結局、翔太は、自分の分を、七割くらい食べて、残りは、俺が引き受けた。俺の焼き魚定食と合わせて、俺のほうがだいぶ腹一杯になった。
会計を済ませて、店を出た。
夏の日差しが、駐車場に照りつけていた。翔太は、少し満腹そうに、腹に手を当てて歩いている。
「次も大人のやつにするか?」と俺は聞いた。
翔太は少し考えた。
「次は、量、見てから決める」
「そうか」
翔太は、腹をさすりながら、車のほうへ、先に歩いていった。
