青い定規

押し入れの奥から、色あせた菓子折りの空き箱が出てきた。ガムテープはとうに乾いて、触れただけで剥がれた。

「これ、開けていいやつ?」

妹の由美が箱を引っ張り出しながら聞いた。健一は「たぶんゴミだろ」と答えて蓋を開けた。中には昔の雑多なものが詰まっていた。おはじき、鉛筆の短くなったやつ、どこかのおまけの人形。その一番上に、青いプラスチックの定規が入っていた。

十五センチのどこにでもある安物の定規だ。端が少し欠けている。

それを見た瞬間、二人は同時に手を伸ばした。

「あ、それ俺の」

「それ私の」

言ってから、健一は自分でおかしくなった。もう五十をいくつか過ぎた男が四十七の妹と、たかが定規の取り合いをしている。由美のほうも同じことを思ったらしく、手を止めてこちらを見た。

「いや、それ私が買ってもらったやつだよ」

「何言ってんだ。それ俺が先に持ってた」

「持ってたって、兄ちゃんいっつも私の使ってたじゃん」

そう言われると、そうだったような気もするし、違うような気もする。ただこの定規が自分のものだったという記憶だけは、なぜか妙にはっきりしている。健一は定規を手に取って裏を見た。

昔、名前を書いた覚えがある。油性ペンで、下の余白のところに。

見ると、確かに何か書いてある。ただ、擦れて掠れて、まったく読めない。「け」に見えなくもないし「ゆ」に見えなくもない。

「ほら、俺の名前書いてある」

「どこが。それ私が書いたんだよ」

「読めないだろ、これ」

「兄ちゃんこそ読めてないでしょ」

二人でしばらく定規を光にかざしたりしたが、結局どちらの字か分からなかった。

そもそも、なんでこんな定規を取り合っていたのか、健一自身よく覚えていない。特別いい定規だったわけでもない。ただ、子どものころ、この一本をめぐって由美と何度も揉めた記憶だけがある。相手の筆箱から抜いた、抜き返された、隠した、そういう細かいことは断片的に浮かぶ。

「あんた、あのとき私の筆箱ごと隠したよね」

「筆箱? そんなことしてないだろ」

「したよ。ランドセルの中に入れて、私が泣いて先生に言ったんだから」

健一にはまったく覚えがなかった。筆箱を隠した記憶はない。ただ、由美がそう言うからには、あったのかもしれない。逆に健一のほうは、由美がこの定規を折ろうとして端を欠けさせた、という記憶がある。今、手元の定規の端は確かに欠けている。

「これ、お前が折ろうとして欠けたやつだぞ」

「え、そうだっけ。覚えてない」

由美はあっさり言った。健一が確信している出来事を、当の本人が覚えていない。こっちは覚えていないことを、向こうは覚えている。どちらの記憶が正しいのか、確かめようもなかった。

箱からはほかにもいろいろ出てきた。虫の絵が描かれた古いカード、何かの応募券、意味の分からない数字だけ書かれたメモ。メモは二人とも心当たりがなかった。

「これ何の番号だろ」

「知らない。暗号じゃない?」

適当なことを言い合いながら、片づけはなかなか進まなかった。本当は押し入れを整理して、いらないものを処分するために来たはずだった。それが箱一つでこの調子だ。

昼過ぎ、居間にいた母親のところへ、健一は定規を持っていった。

「母さん、これ、俺のと由美の、どっちのだったか覚えてる?」

母親は老眼鏡を上げて定規を一瞥して、すぐに言った。

「そんなもの覚えてるわけないでしょう」

「取り合ってたじゃん、俺ら」

「あんたたち、なんでも取り合ってたから。定規だかなんだか」

それで終わりだった。父親のほうは、そもそもテレビを見ていて振り向きもしなかった。二人がどれだけ本気で争った定規でも、親からすれば数ある喧嘩の種の一つにすぎなかったらしい。

健一は定規を持って部屋に戻った。

「母さん、覚えてないってさ」

「だろうね」

由美は笑った。

夕方近くまでかかって、押し入れはだいたい片づいた。捨てるものと残すものを分けて、ゴミ袋がいくつかできた。最後に、あの定規だけが、なんとなく箱の底に残っていた。

「これ、どうする」

健一が聞くと、由美は「別に、いらないでしょ」と言った。健一も同じ気持ちだった。今さら十五センチの欠けた定規を持って帰っても、使いようがない。

「じゃあ、捨てるか」

健一がゴミ袋に入れようとすると、由美が「あ」と声を出した。

「なに」

「いや……」由美は少し口ごもった。「別に、捨ててもいいんだけど」

健一も、袋の口まで持っていった手がなんとなく止まっていた。捨てればいいのに、そのまま袋に落とすのが、どうも据わりが悪い。理由はうまく言えない。

結局、健一は定規を元の箱に戻した。

「まあ、また今度でいいか」

「うん、それでいい」

由美もそれ以上は言わなかった。箱に蓋をして、押し入れの隅に戻す。次にまた片づけをするときには、二人ともこのことを忘れているかもしれないし、また同じように「それ俺の」「それ私の」とやるのかもしれなかった。

外はもう暗くなりかけていた。由美が「そろそろ帰る」と立ち上がって、健一も帰り支度を始めた。

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