「今日は右から三番目」
店先のリンゴを覗き込んだ千代に店主がそう言った。千代は言われたとおり、右から三番目のリンゴを手に取ってかごに入れた。理由は聞かない。もう何十年もこうだ。
秋の午前中で、空は晴れたり曇ったりしていた。商店街のアーケードは所々に穴が開いていて、その下だけ日が差したり陰ったりする。青果店の店先にはみかんや柿や、まだ少し早い白菜が並んでいる。
「今日は柿もいいよ」
「じゃあ、二つもらおうかね」
店主の吉田さんは千代より十いくつか下だ。この店は先代の父親から受け継いだ店で、吉田さんが継いでからでももう長い。千代がこの商店街で買い物をするようになったのはまだ子どもが小さかったころだから、店の代替わりも全部見てきたことになる。
千代が柿を選んでいると、隣で若い女の客がみかんを見ていた。近所に越してきたのか、最近たまに見る顔だ。その客がふと吉田さんに聞いた。
「あの、さっきから気になってたんですけど。なんでこの人にだけ、どれがいいって選んであげるんですか」
千代は柿を持ったまま少し手を止めた。言われてみれば、どうしてだろう。長いこと当たり前にやってきたので、考えたこともなかった。
吉田さんは笑って、レジのそばの椅子に座り直した。
「昔ね、この人が買い物にえらい時間かけるもんだから」
「時間?」
「リンゴ一個選ぶのに、ずーっと見比べてるの。裏返したり、持ち上げたり。後ろに人が並んでても気づかないくらい」
「ちょっと吉田さん」と千代が口を挟んだ。「そんな大げさな」
「大げさじゃないよ。だから俺が、今日はこれ、って一個決めてやるようにしたの。そのほうが早いから」
千代はぽかんとした。
自分の中では吉田さんがいつもいちばんいい物を選んでくれている。そういう習慣だと思っていた。少なくとも、そう思い込んでいた。それが始まりは、単に自分が選ぶのが遅かっただけだという。
「それだけ?」
「それだけ」
「なんだい、いい物選んでくれてるんじゃなかったのかい」
「いい物かどうかは知らないよ。適当に指さしてただけだから」
千代は思わず笑ってしまった。若い客も、なんだそんなことか、という顔で少し笑っている。何十年も続いてきた習慣の始まりが、そんな他愛のないことだったとは。
「じゃあ今日の右から三番目も、適当かい」
「まあ、そうだね。でも悪いのは選ばないよ、さすがに」
「どうだか」
そう言いながらも千代はなんだかおかしかった。長い間、自分は選んでもらっていると思っていたのに、始まりは選ぶのが遅かったから。とはいえ何十年も続いてきたのだから、もう二人にとっては普通のことだ。今さら、そうだったのかい、と驚くほどのことでもない。
千代は柿の袋を受け取って代金を払った。
「またね」
「はいよ」
若い客が「私にも選んでくださいよ」と言って、吉田さんが「あんたは自分で選びな」と返しているのを背中で聞きながら、千代は店を出た。
その週は特に何もなく過ぎた。
次にまた店へ行ったのは翌週の同じような午前中だった。空模様も似たようなもので、アーケードの下を風が抜けていく。店先には新しくリンゴが積まれていた。
「いらっしゃい」
吉田さんはそう言ったきり、今日は何も指定してこなかった。
千代はリンゴの前に立った。てっきり、また右から何番目、と言われるものだと思っていたのに、言われない。あの話をしたからだろうか。もう選んでやる必要もないと思ったのかもしれない。
じゃあ自分で選ぼう、と千代はリンゴを見た。
ところが、これが迷う。
赤いのがいいか、少し青みの残ったのがいいか。大きいのか、小ぶりで蜜の入っていそうなのか。一つ手に取っては戻し、別のを持ち上げては裏を見て、また戻す。しばらくそうしていた。
「……やっぱり遅いね、あんた」
吉田さんが呆れたように言った。
「うるさいね。ちゃんと選んでるんだよ」
「昔と変わらないねえ」
千代はむっとしたふりをして、それでもまだ決められずにいた。結局、五つも六つも見比べて、それでも選びきれない。
「左から二番目」
とうとう吉田さんが言った。
千代はその左から二番目のリンゴを手に取った。ちょうど手に馴染む重さだった。
「なんだい。最初から言っておくれよ」
「言ったら、選んでるつもりのあんたに悪いかと思ってさ」
「よく言うよ」
千代は笑ってリンゴをかごに入れた。柿も少しもらって代金を払う。外はまた日が差してきていた。
「またね」
「はいよ、気をつけて」
千代は袋を提げて、商店街をゆっくり歩いて帰った。
※この物語はAIを活用して制作したオリジナルフィクションです。

