教室に入ると、この前作った湯のみが焼き上がって、棚にずらっと並んでいた。
「はい、自分の、持っていってくださいね」
先生が奥から声をかけてきた。私は棚の前に立ってさてと自分の湯のみを探した。探して、すぐに手が止まった。
どれだか、分からない。
この前、私は確かに湯のみを一つ作った。ろくろは使わず、粘土を手でこねて形にする、初心者向けのやつだ。少し歪んでいて、口も、きれいな丸にはならなかった。それでも、自分で作ったんだから、見れば分かるだろうと思って、名前も何も書かなかった。
ところが棚には、同じように少し歪んだ湯のみが、いくつも並んでいた。
みんな似たようなものだった。初心者ばかりだから、当然かもしれない。どれもちょっと歪んで不格好で、私が作ったと言われれば、どれもそんな気がする。
私の記憶では、自分のはもう少し細かった気がする。いや、もっと背が低かったかもしれない。見比べているうちに、だんだん分からなくなってきた。
とりあえず、一つ手に取った。これだ、という気がした。
「あ、それ私のです」
隣で、同じ教室の女性が言った。私より少し年上の、六十歳くらいの人だ。もう何か月か通っているらしい。
「あ、すみません」
私は慌てて棚に戻した。次に、別の一つを取った。これも、かなり私っぽい。歪み具合がしっくりくる。底を返してみると、小さく「T」と彫ってあった。私の名前はTではない。誰か別の人のだ。
少し焦ってきた。
残っている中で、これかな、というのを一つ手に取った。消去法でいくと、これのはずだ。ただ、しげしげ見ていると、別の疑問が湧いてきた。
こんなに、下手だったかな。
口のところが、ぐにゃりと片側だけ下がっている。私はもう少し、まともに作った気がしていた。自分の技術を過大評価していたのかもしれないが、それにしても、という出来だった。
私は先生のところへ行った。
「先生、私のって、どれでしたっけ」
先生は手を拭きながら棚の前に来て、並んだ湯のみをしばらく見比べた。
「……どれでしたっけね」
先生も分からないらしかった。
「だから、名前入れといてって言ったんですよ」
言われてみれば、そんなことを言われた気もする。前回、底に名前か印を入れておくように、と。私は、まあ分かるだろうと思って、やらなかった。その結果がこれだ。
そのうち、周りの人たちが集まってきた。
「これじゃない? 田島さんの」
「いや、田島さんのはもっと曲がってたわよ」
「失礼だな。そんなに曲がってないよ」
「曲がってましたって。すごく」
みんな、勝手に私の湯のみ探しに参加し始めた。おかしなもので、私自身より、周りのほうが私の作品の特徴を覚えている。ただ、言うことが全員違う。もっと背が高かった、いや低かった、色がもっと茶色かった、いやそんなことない。誰の記憶も、私の中では確認しようがなかった。
結局、口が片側だけ下がった、あの下手なやつが、消去法で私のらしい、ということになった。誰の名前も彫っていないし、誰も自分のだと言わない。残ったのが、それだった。
「たぶん、これですね」と先生が言った。
「たぶん、ですか」
「たぶん」
私はその湯のみを新聞紙に包んで、家に持って帰った。
家で、さっそくその湯のみでお茶を飲んでみた。
持ってみると、少し持ちにくい。取っ手はないから、両手で包むように持つのだが、口の下がったところに指がうまく収まらない。傾けると、下がったほうから、お茶がわずかに垂れそうになる。使い勝手は、正直よくない。
でも、その持ちにくさが、なんというか、腑に落ちた。
やっぱりこれは私のだなと思った。何を根拠にそう思ったのかは、自分でもよく分からない。ただ、この不便な感じが、自分の手から出てきたもののような気がした。
湯のみは、ちゃんとお茶が飲めた。垂れそうになるのを気にしながら、私はぬるくなる前に飲みきった。
次の教室で、私は新しい作品の底に、大きく自分の名前を彫った。少し大きすぎるくらいに。
先生がそれを見て、笑った。
「今度は、分かりますね」
「今度は、分かります」

