外に出る日は、だいたい決まったやり方がある。
午前十時ごろに家を出る。同じ道を通って、駅の手前の商店街まで歩く。途中のパン屋で、いつものロールパンを二つ買う。それだけ守れば、その日はわりと落ち着いていられる。理由をうまく説明はできないけれど、同じことを同じ順番でやると、頭の中が散らからずに済む。
私には気分の波があって、外に出るのがしんどい日もある。人と話すのが重く感じる日もある。だから外出の日はできるだけ考えなくていいように道筋を決めている。決めておけば、その分、余計なことに気を取られない。
その日も、いつも通り十時に家を出た。空が薄く晴れていて、風は冷たくなかった。歩き慣れた道を進んでいくと、途中の角のところで足が止まった。
工事をしていた。
いつも曲がる細い道が、柵で塞がれている。「通り抜けできません」と書いた看板が立っていて、作業服の人が数人、何かを掘り返している。しばらく続くらしい張り紙もあった。
私はその場に立って、少し困った。
この道が通れないなら、一本向こうの道を行けばいい。それは分かっている。距離もほとんど変わらないはずだ。地図で見ればすぐの話だ。ただ、いつもと違う、というだけで、急に足元が頼りなくなった。
一度、家に帰ろうかと思った。今日はやめて、明日にすればいい。工事が終わってからでも困らない。
でもパンは買いたかった。それに、ここで引き返すのも、なんだか収まりが悪い気がした。私はしばらく看板の前で迷ってから別の道を行ってみることにした。
一本向こうの道は、歩いたことがなかった。
入ってみると、思っていたより普通の道だった。片側に古い家が並んでいて、塀の上に猫が一匹寝ている。私が通っても、薄目を開けただけで動かなかった。少し行くと、色のあせた自動販売機があって、見たことのない地元のジュースが並んでいた。
こんな道があったんだ、と思った。
すぐ隣なのに、通ったことがなかった。べつに、世界が変わったとか、そんな大げさなことではない。ただ、いつもの道のとなりに、こういう道も普通にあったんだな、という程度のことだ。それでも、知らない景色を歩いているのは、少しだけ緊張して、少しだけ新鮮だった。
その道の途中に、小さな花屋があった。
店先に、切り花がバケツにいくつか並べてある。いつもの道には花屋なんてなかった。私は通り過ぎようとして、なんとなく足を止めた。黄色い花が、一種類だけ、他より安く束ねてあった。名前は分からない。
買う予定なんてなかった。でも、なぜか気になって、店に入った。
「これ、ください」
私は黄色い花を指した。店員は若い女の人で、「はい」と言って、慣れた手つきで新聞紙にくるんでくれた。
「ありがとうございます」
それだけだった。店員は私のことを、たぶん初めて見る客だと思っただろうし、私も、いつもの道を通れなかったからここにいる、なんて説明はしなかった。ただ花を一本買って、店を出た。それでよかった。
パン屋には、少し遠回りになったけれど、ちゃんと着いた。いつものロールパンを二つ買った。花を持っていることを、店の人は特に何とも言わなかった。
帰りも、同じ別の道を通った。
工事はまだ続いていて、いつもの道は通れないままだ。だから選択肢は一つで、行きと同じ道を戻ることになった。二度目だからか、行きよりは迷わなかった。猫はもういなかった。自動販売機の前を通って、花屋の前も通った。花屋の店員と目が合ったけれど、お互い何も言わなかった。
家に帰って、買った黄色い花を、水を入れたコップに挿した。花瓶は持っていないので、コップで十分だ。台所の窓のところに置くと、思っていたより、ちゃんとそこにおさまった。
ロールパンを一つ食べながら、その花を眺めた。
今日は、いつもと違う道を歩いた。知らない店に入って、予定になかった花を買った。人から見れば、なんてことのない一日だと思う。私にとっても、大事件というわけではない。
明日もこの道を通るかは、分からない。工事が終われば、たぶん、また元の道に戻る。それでいいと思っている。
窓辺のコップの花を、もう一度見てから、私は残りのパンを食べた。

