休日の夜、スマホの写真を整理していると、赤い傘が目に留まった。
先週、川沿いを散歩したときに撮った一枚だ。夕方の川と、対岸の建物。特に意味もなく撮った風景だが、その画面のいちばん端、橋の上のあたりに、赤い傘を持った人が小さく写っている。
雨は降っていなかった。よく晴れた日だった。日傘かな、と思った。赤い日傘も、まあ、ないことはない。私はそのまま、次の写真へ進んだ。
すると、その二枚あとの、別の日に撮った駅前の写真にも、赤い傘が写っていた。
これも、雨の日ではなかった。人混みの中に、赤い傘の丸い形が、ぽつんとある。持っているのが誰なのかは、小さすぎて分からない。
同じ傘だろうか、とふと思って、私は少し写真を遡ってみた。
商店街を撮った一枚。公園を撮った一枚。全部ではないが、何枚かに、赤い傘らしきものが写っていた。どれも端のほうだったり、遠くだったりして、はっきりはしない。持っている人の顔も、年格好も分からない。そもそも、同じ傘なのかどうかも、確かめようがなかった。
翌日、会社の帰りに友人の真理と会ったので、なんとなくその話をした。
「この写真、赤い傘写ってるでしょ。で、これにも、これにも」
私がスマホをスワイプして見せると、真理は「ふうん」と、あまり興味なさそうに眺めた。
「赤い傘なんて、別に珍しくないでしょ。日傘だっているし」
「まあ、そうなんだけど」
「同じ傘とも限らないし。ていうか、これ拡大したら分かるの?」
拡大してみたが、画像が粗くなるだけで、傘は赤いぼやけた塊になった。傘なのか、それすら怪しくなってくる。言われてみれば、赤い傘なんて、どこにでもある。私は、なんだか少し馬鹿らしくなった。
次の休日、私はまた街を歩いた。
そのときには正直赤い傘のことが少し頭に残っていた。歩きながら、無意識に、赤い傘を探している。あそこにいないか、あの角にいないか、と。
でも、一つも見つからなかった。その日はよく晴れていて、傘を差している人自体が、ほとんどいなかった。やっぱり、ただの偶然だったんだ、と思った。何枚かの写真に、たまたま赤い傘が写っていた。それだけのこと。
公園で、噴水を一枚だけ撮った。
家に帰ってから、その写真を見た。赤い傘は、写っていなかった。ほら、やっぱり。少し安心して、そう思ったとき、写真の隅に、赤いものが見えた。
一瞬、また傘か、と思った。拡大してみると、それは、赤い買い物袋を提げた人だった。
傘ではなかった。私は、自分が、赤いものを見ると、つい傘だと思うようになっていることに気づいた。写真の中で赤い傘が増えたわけじゃない。私が、赤い傘を探すようになっただけなのかもしれない。一度気になってしまうと、赤いものが、やたらと目に飛び込んでくる。
そう考えると、少し気が楽になった。少なくとも、写真がひとりでに増えていくわけではない。ただ、私の目が、赤に反応するようになっただけ、なのかもしれない。
それから数日して、雨が降った。
会社帰り、駅を出ると、少し前を、赤い傘を差した人が歩いていた。
今度は、写真じゃない。本物の、赤い傘だ。折りたたみではない、大きめの傘。持っているのは、後ろ姿だけで、男か女かも分からない。私は少しだけその傘を目で追った。
でも、それだけだった。追いかけようとも、話しかけようとも思わなかった。写真に写っていた傘と同じかどうかなんて、確かめようがないし、確かめる意味もない。その赤い傘は、雨の中を歩く人の流れに、すぐに紛れて見えなくなった。
その週末、私はまた写真を撮った。
川沿いを歩いて、橋の上から、夕方の空を一枚。家に帰って、確認した。赤い傘は、写っていなかった。人はちらほら写っているが、赤いものはない。
よかった、と思って、写真を閉じようとした。
そのとき、画面の奥のほう、川べりのベンチのあたりに、小さく赤いものがあるのに気づいた。
拡大しようとして、指を止めた。
傘なのか、バッグなのか、あるいは、誰かが置いた花か何かなのか。拡大すれば、たぶん、粗いぼやけた赤になるだけだ。それを確かめても、どうということもない。
まあ、いいか。
私はそう思って、写真を閉じた。

