休日の朝、まだ布団の中でスマホを見ていたら、母からメッセージが来た。
写真が一枚。古びた、お菓子の缶のような小さな箱が写っている。続けて、一言。
「これ捨てていい?」
私はその箱に見覚えがなかった。何の箱なのか、写真だけでは分からない。私の部屋にあったものらしいが、記憶にない。
「何それ。中見て」と返した。
しばらくして、箱を開けた写真が送られてきた。中には、こまごまとした物が詰まっていた。昔使っていたキーホルダー、短くなった色鉛筆が数本、映画の半券、どこの鍵だか分からない小さな鍵、それに、折りたたまれたメモ用紙。
こんなの取ってあったんだ、と思った。どれも、捨てても困らなそうな物ばかりだ。というより、あることすら忘れていた。
母は、几帳面に、一つずつ写真を送ってきた。
「このキーホルダーは?」
「いらない」
「この鉛筆」
「いらない。ていうか捨てて」
「この鍵、何の鍵?」
「分からない。こっちが聞きたい」
年末が近くて、母は実家の片づけをしているらしい。私の物が、いつまでも部屋に残っているのが、邪魔なのだ。気持ちは分かる。私だって、こんな箱に未練はない。どんどん捨ててもらって構わない。
そう思っていたのに、一つだけ、手が止まった。
母が送ってきた写真に、小さな番号札が写っていた。プラスチックの、「27」と書かれた札。学生のころ、友達とよく行っていたゲームセンターで、景品の順番待ちに使うやつだ。閉店するとき、なぜか一枚、記念みたいに持って帰った。
「あ、それは、ちょっと待って」と、私は反射的に返していた。
「これ?」と母。「ただの番号札じゃないの」
「うん。番号札」
「いるの、これ」
いるのか、と聞かれると、困る。いらない。使い道なんてない。ただの、プラスチックの札だ。でも、捨てて、と言われると、なぜか少し、惜しかった。自分でも、なんでこれだけ、と思う。
「いる、というか。捨てないで残しといて」
「変なの」と母は言った。
母は、その調子で、どんどん処分を進めた。私が「いらない」と言うたびに捨て、「残して」と言うたびに、「これのどこが必要なの」と一応聞いてくる。必要ではない。必要ではないのだが、番号札のほかにも、修学旅行で買った、なぜか鮭をくわえた木彫りの熊のストラップだけは、残してもらった。あれも、いらないのに、捨てられない。
「じゃあ、その残すやつ、送ろうか?」と母が聞いてきた。
送料をかけてまで、番号札と木彫りの熊を送ってもらうのか。それは、さすがに、と思った。
「いい。次帰った時、持って帰る」
そう返すと、すぐに来た。
「いつ帰るの」
そういえば、年末に帰るつもりでいたが、まだ母には言っていなかった。
「年末、たぶん帰る」
「たぶんって。掃除するから、はっきりして」
結局、二十九日に帰る、ということで、話が落ち着いた。箱の中身は番号札と木彫りの熊を残して、あとは処分ということになった。写真を撮ってあるから、それで十分な物も、正直、多かった。
年末、実家に帰った。
私の部屋は、前より少し片づいていた。机の上に、例の箱が置いてある。母が「残せって言ったやつだけ入れといたから」と言った。
箱を開けると、確かに、あの番号札と、木彫りの熊が入っていた。ちゃんと、頼んだ物だ。ただ、その隣に、もう一つ、何かがあった。
短くなった、色鉛筆だった。青いやつ。
「これ、捨てていいって言ったよね」と私は言った。あのとき確かに、鉛筆は捨てて、と返したはずだ。
母は、洗濯物をたたみながら、こっちも見ずに言った。
「なんか、それだけ、なんとなく」
「なんとなく?」
「うん。なんとなく残しといた」
理由はそれ以上、なかった。母も、なぜ青い鉛筆だけ残したのか、たぶん説明できないんだと思う。
私はその短い鉛筆をしばらく見てから箱に戻した。
「まあ、いいか」
箱の蓋を閉めて、私は自分の荷物の中に、それを入れた。

