昼の散歩の途中で、その日も由紀子はいつものベンチへ向かった。
川沿いの遊歩道の真ん中あたりにあるベンチだ。桜の木が一本すぐ横に立っていて、その木陰で川を眺めるのが由紀子の休憩だった。晩秋で葉はもうだいぶ落ちていたが、それでも下に立つと少し落ち着く。
ベンチの手前まで来て由紀子は足を止めた。
ベンチが、反対を向いていた。
由紀子の覚えているかぎり、そのベンチは川のほうを向いていた。座れば正面に水の流れが見えて、対岸の家並みも見えた。それが今日は遊歩道のほう、川を背にする向きになっている。
誰かが動かしたのだろうか。由紀子はベンチに近づいて脚のあたりを見た。金属の脚がコンクリートの土台に固定されていて、簡単に動かせるようには見えない。ボルトのようなもので留まっている。
少し先で、公園の管理をしている男性が落ち葉を掃いていた。何度か挨拶したことのある人だ。由紀子はなんとなく声をかけた。
「あの、このベンチ、向き変えました?」
男性は箒を止めてベンチを見た。
「いや。ずっとこれですよ」
「ずっと、こっち向きでしたか」
「そうですね。私が来てからは、ずっと」
由紀子は礼を言って、それ以上は聞かなかった。ずっとこれと言われると、そうなのかもしれないと思う。ただ、何度もあのベンチで川を見た記憶が確かにある。座って、流れをぼんやり見て、それから歩き出す。あの向きで座っていたはずだった。
でも、本当にこのベンチだったのか。
そう思い始めると少し自信がなくなった。似たようなベンチが、この遊歩道にはいくつもある。別のベンチと勘違いしているのかもしれない。
その日は結局、遊歩道を向いたベンチに座らず、そのまま歩いて帰った。
次の日も、由紀子は散歩に出た。
例のベンチは当然、同じ向きだった。遊歩道のほうを向いている。昨日と何も変わらない。変わらないのが当たり前なのに、由紀子はなんだか、確かめるように何度か見てしまった。
家に帰ってから、スマホの写真を探してみた。
散歩の途中で川や空を撮ることがある。何枚か、あのあたりで撮った写真が見つかった。一枚に、背景として例のベンチが写っていた。ただ、斜めから撮られていて、ベンチがどちらを向いているのかはっきりしない。川側のようにも見えるし、そうでないようにも見える。拡大しても余計にぼやけるだけだった。
これでは証拠にならない。
由紀子は自分でも、なんでこんなことを調べているんだろうと思った。ベンチの向きが分かったところで、どうということもない。それでも指がつい写真をスワイプしていた。
別の日、由紀子は少し離れた場所にあるもう一つのベンチに座ってみた。
そこからは川がよく見えた。正面に水の流れがあって、対岸の家も見える。記憶の中の景色に近い。もしかすると、自分がずっと座っていたのはこっちのベンチだったのかもしれない。
ただ、このベンチは形が少し違った。背もたれの木の色が、記憶よりも明るい。座面の板の数も、なんとなく違う気がする。景色は合うのにベンチが合わない。あちらのベンチは向きが合わないのに、こちらは形が合わない。
由紀子は一人で、ふっと笑ってしまった。何をむきになっているんだか。ベンチひとつのことで、こんなに考える五十代も、なかなかいない。
それからしばらく、由紀子は特に気にせず散歩を続けた。ベンチは相変わらず遊歩道を向いていて、由紀子はそれを横目に通り過ぎた。
ある日の昼、由紀子が例のベンチの近くを歩いていると、前から親子連れが来た。
小学校の低学年くらいの男の子と、その母親らしい女性だ。男の子はベンチのそばを通るとき、ふと立ち止まって言った。
「これ、前は川の方だったよね」
由紀子は思わず足を止めた。
母親のほうはあまり気に留めず、
「そう? ずっとこっち向きじゃない?」
と答えて、そのまま歩いていった。男の子もそれ以上こだわらず、母親を追って走っていった。
由紀子はしばらくその場に立っていた。子どもに話しかけようとは思わなかった。前は川の方だった。その一言だけで、なんだか十分な気がした。自分の記憶違いなのか、それとも本当に何かが変わったのか、あの子に聞いたところで、たぶん分からない。
翌日も、由紀子はいつものように散歩へ出た。
例のベンチは今日も遊歩道を向いていた。特に変わったところはない。昨日と同じ、いつもと同じだ。
由紀子は少し迷ってから、そのベンチに座った。
正面に川は見えない。目の前にあるのは遊歩道と、その向こうの植え込みだ。それでも顔を横に向ければ、川はちゃんと見えた。水は今日も同じように流れていて、対岸の家々も変わらずそこにある。
由紀子はしばらく横を向いたまま川を見ていた。

