図書館の自動ドアをくぐっていつものロッカーへ向かう。
その前にまた同じ女子が立っていた。今日もかと思う。
うちの高校とは違う制服だ。紺のブレザーでリボンの形も違う。名前は知らない。話したこともほとんどない。ただこの図書館の入口にある無料ロッカー。その左から三番目。そこを使いたがるやつが俺のほかにもう一人いるというだけだ。
ロッカーは全部で二十個くらいある。どれも空いていることが多い。だから普通ならかぶることなんてまずない。それなのに俺とこいつはなぜか毎回その三番目を狙う。
俺がそこを使うのは単に最初に使ったのがそこだったからだ。深い理由はない。相手がなんでそこにこだわるのかは知らない。聞いたこともない。
最初のころは譲り合いになった。
「あ、どうぞ」
「いや、そっちこそ」
そういうのが何回か続いた。お互い三番目を空けて隣を使ったりして、それはそれで妙に気をつかった。
それがある日面倒になったんだと思う。同時に着いてまた譲り合いかけたとき、どっちからともなく手を出した。じゃんけん、の形だった。
言葉はなかった。ただ黙って、最初はグー、みたいなテンポで手を振って俺が負けた。相手は当然のように三番目を開けて荷物を入れた。俺は隣に入れた。
それ以来、同時に着いた日は無言でじゃんけんをするようになった。
勝った方が三番目。負けた方が隣。ただそれだけのルールだ。挨拶もしない。名前も知らない。学校も違う。館内で顔を合わせても目も合わせない。なのにロッカーの前でだけ普通に手を出し合う。
今日も俺が近づくと相手がこっちを見た。手を出す。俺も出す。
相手がパー、俺がチョキ。俺の勝ちだ。相手は小さく肩をすくめて隣のロッカーを開けた。俺は三番目に荷物を入れて自習スペースへ向かった。
そのうち図書館に来るときは、今日はいるかなと思うようになった。
べつに会いたいとかじゃない。ただ、いたらじゃんけんをするし、いなかったら普通にロッカーを使う。それだけのことだ。それだけのことなのになんとなく気になる。
初夏になって、窓から入る光が夕方まで明るくなってきたころ。
その日、俺が図書館に着くと相手がいなかった。
三番目のロッカーも空いていた。
使えばいい。誰もいないんだからじゃんけんもクソもない。そう思って手を伸ばして、なぜか止まった。
じゃんけんをしていないのに三番目を使うのが、なんだか反則みたいな気がした。
自分でも意味が分からない。相手がいないだけだ。勝ったも負けたもない。ただ空いているロッカーを使うだけの話だ。それなのに、勝手に使うとなんかずるいような気がして、結局、俺は隣に荷物を入れた。三番目を空けたまま。
馬鹿らしいと思いながら自習した。
途中で一回、三番目のロッカーのほうを見た。空いたままだった。誰も使っていない。当たり前だ。俺が空けているんだから。相手が来るわけでもないのに、なんとなくそのままにしておいた。
その日は結局、相手は来なかった。帰るとき、隣のロッカーから荷物を出して、三番目には一度も触らずに図書館を出た。
数日後、相手が戻ってきた。
俺が隣のロッカーを開けているとき、横に来て、三番目が空いているのを見た。それから俺の手元を見た。
「空いてたのに?」
初めてまともに声を聞いた気がした。
「じゃんけんしてないから」
言ってから、自分でも何を言っているのか分からなくなった。じゃんけんしてないから隣を使う。理屈になっていない。相手も一瞬きょとんとして、それから少し笑った。
「変なの」
そう言って相手は三番目を開けた。それで終わりだった。名前も聞かれなかったし、俺も聞かなかった。
梅雨に入って雨の日が増えた。
濡れた傘を入口の傘立てに突っ込んで館内に入る。相手がいる日もいない日もある。いる日はじゃんけんをして、いない日は普通に三番目を使う。あの日から、いなくても使えるようになった。三番目を空けておく必要ももうなくなった。
そういう関係が名前もないまま続いている。友達ではない。話すことはほとんどない。向こうがどこの高校で何年で、何を勉強しに来ているのかも知らない。知らないままだ。
この前も同時に着いた。
近づいていくと、相手はもう片手を軽く握って待つ形にしていた。俺も何も言わずに手を出す。
最初はグー。
窓の外はまだ明るかった。

