駅前広場の大きな時計の下で、俺は康介を待っていた。
約束は十二時。もう五分過ぎている。休日の駅前は、それなりに人が多い。待ち合わせらしき人が、あちこちに立っている。その中で、俺は康介の姿を探した。いない。
十時過ぎに「今日、昼な」とメールが来て、「駅の時計の下、十二時」と返した。それで話はついたはずだった。
十二時十分。まだ来ない。
携帯を開いても、着信もメールもない。康介は昔から、時間にはわりとルーズだった。学生のときも、平気で二十分くらい遅れてきた。まあ、そういうやつだ。俺はもう少し待つことにした。
十二時十五分になって、さすがに電話をかけた。
出ない。呼び出し音は鳴っているのに、出ない。もう一回かける。やっぱり出ない。俺は「どこ? 待ってるんだけど」と短くメールを送って、また時計の下に立った。
寝坊したのか。電車を間違えたのか。それとも、そもそも今日じゃなかったのか。いや、今日で間違いないはずだ。だんだん待っているのが少し不安になってきた。
そのとき、ふと思った。
この駅、時計、いくつかあるよな。
俺が立っているのは、駅前広場の、大きなアナログ時計の下だ。でも、改札を入ったところにも、電光の時計がある。それに、確か、バスターミナルのほうにも、丸い時計があったはずだ。「時計の下」と言っても、一つじゃない。
まさか、と思って、俺は改札のほうへ移動してみた。
改札前の時計の下には、康介はいなかった。知らない人が何人か立っているだけだ。俺は少し待って、それから、また広場のほうへ戻った。もし康介が広場に来ていたら、この間に入れ違いになったかもしれない。戻っても、いない。
行ったり来たりしているうちに、だんだん訳が分からなくなってきた。
そこで、ようやく携帯が鳴った。康介だった。
「もしもし、お前どこにいんの」と、向こうが先に言った。
「どこって、時計の下だよ。ずっと待ってる」
「俺も時計の下だって。全然来ないじゃん」
二人とも時計の下にいる。なのに会えない。話が噛み合わない。
「何が見える? そっち」と俺は聞いた。
「え? ……バスがいっぱい止まってる」
バス。俺のいる広場に、バスは止まっていない。
「バスなんかないぞ、こっち。本屋が見える。でかい本屋」
「本屋? そんなの見えないけど」
そこで、はた、と気づいた。康介は、バスターミナルの時計の下にいる。俺は駅前広場の時計の下にいる。同じ「時計の下」でも、二人とも二十分以上、まるで別の場所で律儀に立っていたわけだ。
「お前、なんでバスのほうにいるんだよ」
「いつもの時計だろ。学生のとき、いつもあそこ集合だったじゃん」
「いつもは広場だろ。本屋の前の」
言われてみると、どっちが「いつもの時計」だったのか、はっきりしない。学生のころ、確かにどこかで集合していた。でも、それが広場だったのか、バスのほうだったのか、二人の記憶が食い違っている。たぶん、そのときそのときで、適当に決めていたんだと思う。
「とりあえず、そっち行くわ」と俺は言って、本屋の前から、バスターミナルのほうへ歩いた。
近づくと、丸い時計の下に、見慣れた康介が、面倒くさそうに立っていた。
「遅い」と康介が言った。
「お前が場所間違えてんだろ」
「間違えてねえよ。お前が来なかったんだろ」
しばらく、どっちが悪いかで言い合った。とはいえ、本気で怒っているわけでもない。二十分以上、別々の時計の下でぼんやり突っ立っていたのが、二人とも、だんだんばかばかしくなってきて、最後は笑った。
「次から、改札前な」と康介が言った。もう間違えないように、という顔だった。
「どの改札」と俺は聞いた。
この駅、改札も、東西で二つある。
康介が「あ」という顔をして少し黙った。
「……そうだよな、二つあるな」
「あるんだよ」
結局、その場で、東側の改札、と細かく決め直した。写真でも送れれば早いのだが、この携帯のメールに写真を付けるのは、やたら手間がかかる。俺たちは、いつものように、言葉で場所を確認し合った。
「東の、改札出たとこ。分かった?」
「分かった。今度こそな」
俺は、たぶん分かってないな、と思いながら、康介と昼飯を食いに行った。

