いつもの客が買うものを覚えている

夕方のレジに、いつもの男性客が並んだ。

七十歳くらいの痩せた人だ。真希子はスキャンする前になんとなくカゴの中を見た。牛乳、食パン、豆腐、バナナ。それを見て、真希子はふと思った。

今日は卵がないな。

思ってから、あれ、と思った。なんで自分は、この人がいつも卵を買うことを知っているんだろう。名前も知らない。話したことも、「袋いりますか」「お願いします」くらいしかない。それなのに、この人のカゴを見て、足りないものが分かる。

七年か八年ここのレジに立っている。その間に、真希子はいろんな客の買い方を、覚えるともなく覚えていた。

毎回、同じ銘柄の缶コーヒーを二本だけ買っていく若い男。週末にまとめて、両手にカゴを提げてくる主婦。商品を必ず種類ごとにきっちり並べてからレジに出す人。財布の小銭から先に出したがる人。名前はほとんど知らない。ただ、買い方の癖だけが、頭に残っている。覚えようとしたわけではない。毎日見ていれば、勝手に入ってくる。

この男性客も、そうだった。牛乳、食パン、豆腐、バナナ。それに卵と、ヨーグルト。最後に新聞を一部。だいたい、その組み合わせだ。真希子はスキャンしながら、次はヨーグルトが来る、次は新聞、と、頭の中で先回りしている自分に気づく。

その日は卵とヨーグルトがなくて、代わりに新聞だけがあった。品切れだったのかな、と真希子は思ったが、もちろん聞かない。会計をして、袋を渡して、それで終わりだ。

ところが、次にその人が来た日。

カゴを見て、真希子は少し驚いた。

いつもの牛乳も食パンもない。代わりに、菓子の袋がいくつも入っている。ジュースの大きいペットボトルが二本。紙皿と紙コップ。それに、りんごや桃といった果物が、普段より多い。

普段のこの人の買い物とは、まるで違った。

真希子は商品をスキャンしながら、頭の中で勝手に想像し始めた。誰か来るんだろうか。孫とか。この歳だと、ひ孫かもしれない。紙皿と紙コップだから、何人か集まるのかもしれない。菓子とジュースの量からして、子どもがいそうだ。夏休みの終わりに、家族が集まるのかも――と、スキャンの合間に、小さな物語ができていく。

会計の金額を告げると、男性客が、袋に詰めながらぽつりと言った。

「これね、町内会で頼まれちゃってね」

「あ、そうなんですか」

「敬老会の茶菓子。私が一番暇そうに見えたんだろうね」

そう言って、少し笑った。

真希子も「そうなんですね」と返しながら、内心で、外れた、と思った。孫でも、ひ孫でも、家族の集まりでもなかった。町内会の買い出しを押しつけられただけだった。せっかく勝手に組み立てた物語が、あっさり崩れて、真希子は一人でおかしくなった。

その次の週。

男性客は、またいつもの買い物に戻っていた。

牛乳、食パン、豆腐、バナナ。そして今日は、卵もちゃんとある。真希子は「戻った」と思った。もちろん、声には出さない。菓子もジュースも紙皿もない、いつものカゴだ。

ただ、スキャンを進めながら、真希子はまた気づいてしまった。

いつもなら最後にある新聞が、今日はない。

品切れか、もう別で買ったのか。理由は分からない。分からないのに、ないことにだけは、目ざとく気づく。我ながら、どうでもいいことを覚えているものだと思う。真希子は新聞のないカゴを、黙って会計した。

別の日の夕方。

初めて見る若い女性客が、真希子のレジに来た。

カゴの中は、真希子の知らない組み合わせだった。冷凍食品と、洗剤と、よく分からないお菓子。次に何が出てくるのか、まったく予測がつかない。一つずつスキャンして、初めてそれを知る。それが、なんだか少し新鮮だった。いつもは、見る前から分かってしまうのに。

その女性客の会計をしていると、後ろに、あの男性客が並ぶのが見えた。

真希子はまだ、その人のカゴを見ていない。見ていないのに、もう、今日は卵あるかな、と考えている自分がいた。

女性客に釣り銭を渡して、次の男性客のカゴが、レジに置かれた。

牛乳、食パン、豆腐、バナナ、卵。いつものカゴだ、と思ったところに、見慣れないゼリーの詰め合わせが一つ、まぎれていた。

また出た、と真希子は心の中で思って、ゼリーのバーコードを探した。

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