一人で映画館に来たら思っていたより普通だった

チケットは、もう買ってある。それなのに私は、映画館の入口の前で、少し立ち止まっていた。

一人で来ている、ということが、急に気になったのだ。

見たい映画があった。前に予告で見て、面白そうだと思っていた作品だ。夫は映画にあまり興味がないし、いつも一緒に行く友達は、その週、都合が悪かった。それだけの理由で、じゃあ一人で行くか、と決めたのだが、いざ来てみると、なんとなく気後れした。

周りを見た。当然、誰も私のことなんて見ていない。それはそうだ。私が一人で来ていようが、誰かと来ていようが、他人には関係ない。分かっているのに、なんだか、自分だけが浮いているような気がした。

思い切って、中へ入った。

まず気になったのは、飲み物のことだった。売店で何か買うべきか。買うとして、席に着く前か、後か。一人だと、こういう段取りを、全部自分で決めないといけない。誰かと来ていれば、「何か買う?」と、なんとなく相談して決めていた。

売店の列に並んで、周りを見た。

一人で来ている客が、けっこういた。若い男の子も、私くらいの年の女の人も、一人でポップコーンを買っている。誰も、それを変だと思っている様子はない。私は、少し拍子抜けした。一人で映画館にいるのは私だけ、みたいな気持ちでいたのが、ばかばかしくなった。

私はコーヒーと、小さなポップコーンを買った。

そこで、はたと困った。両手がふさがっている。チケットに書かれた席番号を、もう一度確かめたいのに、スマホもチケットも、鞄の中だ。私は、いったんコーヒーを近くの台に置いて、チケットを取り出し、席を確認した。J列の12番。一人だと、こういうとき、荷物を持ってくれる人がいない。全部、自分でやりくりするしかない。

上映前に、トイレに行っておくかどうかも、少し迷った。荷物を席に置いて行くのも心配だし、かといって、全部持って行くのも面倒だ。結局、全部持って、さっと済ませてきた。

席に着くと、左右はまだ空いていた。

場内を見回すと、みんな、思い思いに過ごしていた。一人でスマホを見ている人。一人で飲み物を飲んでいる人。連れと小声で話している人もいるが、一人の客も、同じくらいいる。誰も、隣が一人かどうかなんて、気にしていない。

私だけが、自分のことを気にしていたんだな、と思った。

そのうち、照明が落ちて、映画が始まった。

内容は、期待していたより、ずっとよかった。私は、いつの間にか、話に引き込まれていた。気づけば、一人で来ていることなんて、すっかり忘れていた。笑ったり、はっとしたり、普通に映画を楽しんでいた。隣が空いていることも、途中からは、まったく意識しなくなっていた。

映画が終わって、明るくなった。

席を立ちながら、少しだけ、物足りなさがあった。いつもなら、ここで、一緒に来た人と「あそこ、よかったね」「最後、びっくりした」なんて、話しながら出口へ向かう。その相手が、今日はいない。感想を、誰にも言えないまま、一人で歩く。

ただ、そのぶん、気は楽だった。相手のペースに合わせなくていい。見終わったら、まっすぐ帰れる。トイレに寄りたければ寄るし、寄らなければそのまま出る。どっちがいい、という話でもないな、と思った。

ロビーに出ると、次に公開される作品のポスターが貼ってあった。

一つ、少し気になるものがあった。前なら、こういうとき、まず「誰か誘えるかな」と考えていた気がする。今日は、なんとなく、時間が合えば、一人で来てもいいか、と思った。

家に帰ると、夫がテレビを見ていた。

「おかえり。どうだった、一人で」

「普通だった」

本当に、それだけだった。特別なことは、何も起きなかった。ただ、一人で映画を見て、普通に面白くて、普通に帰ってきた。その普通さが、私には、少しだけおかしかった。

私は、買ってきたパンフレットを、テーブルの上に置いた。

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