帰りの会が終わって、昇降口の傘立てを見たら、黄色い傘が二本あった。
どっちもわたしのとそっくりだった。同じくらいの黄色で、同じくらいの大きさ。梅雨の初めにお母さんと買いに行ったやつで、そのとき店で人気だったのか、クラスにも何人か同じのを持っている子がいる。
わたしはちょっと迷って右のほうを取った。なんとなく、こっちだった気がしたからだ。外はもう雨がやんでいて、傘はささずに帰った。
家に帰ってから、傘を玄関に立てて、あれ、と思った。
持ち手のところに傷がない。
わたしの傘は、持ち手の内側に小さな傷がある。前に自転車の横に立てかけて、倒れたときについた傷だ。それがない。つるつるしている。
これ、わたしのじゃない。
背中がすっとした。誰かのを間違えて持ってきちゃった。べつに盗んだわけじゃないけど、なんだか悪いことをした気分になった。
夜、ごはんのときにお母さんに言った。
「傘、間違えて持ってきちゃった」
「あら。じゃあ明日、返せばいいじゃない」
お母さんはそれだけ言ってお味噌汁をよそっていた。あっさりしすぎている、とわたしは思った。わたしはもっと大変なことのような気がしていたのに。
だって、明日どうやって返すんだろう。
「これ、間違えて持って帰りました」って、みんなの前で言うのは、なんかすごく恥ずかしい。誰のか分からないし、もし「え、なんで持って帰ったの」とか言われたら。考えると、お風呂に入っても、布団に入っても、そのことばっかり考えてしまった。
こっそり傘立てに戻せばいいのかな、とも思った。朝、誰も見ていないときに、そっと立てておけば、誰にも言わなくて済む。
次の日、わたしはその黄色い傘を持って学校に行った。
雨はやんでいたけど、返さなきゃいけないから持っていった。教室に着く前に、昇降口でこっそり戻そうと思っていた。でも朝の昇降口は思ったより人がいて、こっそりなんてできそうになかった。
それに、傘立てを見て、もっと困ったことに気づいた。
わたしの傘がない。
昨日、二本あった黄色い傘は、片方をわたしが持って帰った。残りの一本がわたしの、傷のあるやつのはずだった。それがない。
誰かが、わたしの傘を持って帰ったんだ。
そう思ったら少しほっとした。間違えたのはわたしだけじゃないんだ。でも、じゃあ誰が、と考えていたら、うしろから声がした。
「あ」
同じクラスの井田くんだった。あんまり話したことはないけど、席は近い。井田くんは手に、黄色い傘を持っていた。持ち手のところに、見覚えのある小さな傷。
わたしの傘だった。
わたしと井田くんは、しばらくお互いの傘を見た。それから、同時に言った。
「ごめん」
声がぴったり重なった。二人ともびっくりして、ちょっと黙った。
「……そっちも、間違えたの?」とわたしが聞いた。
「うん。だって、同じだったし」
井田くんは自分の傘ではなくわたしの傘を差し出した。わたしも持っていた傘を返した。交換するとちゃんと自分の持ち手の傷があって、なんだか安心した。
「昨日、気づいた?」
「うん。傷がなくて」
「おれも。傷、ついてたから、あれ?って」
それだけの話だった。先生に言うようなことでもなかった。あんなに夜中まで考えていたのが、なんだか馬鹿みたいだった。井田くんもべつに気にしていない感じで、傘を持って教室のほうへ行った。
それから何日かして、また雨が降った。
帰りの会のあと、昇降口へ行くと、傘立てにまた黄色い傘が二本並んでいた。相変わらずそっくりだ。
わたしは今度は、ちゃんと持ち手を確かめた。内側の、小さな傷。うん、これがわたしの。
隣で井田くんも、自分の傘の持ち手を見ていた。たぶん、傷を確かめている。目が合って、わたしたちはちょっと笑った。
外はまだ少し降っていたけど、もうすぐやみそうだった。

